創造表現学会企画 「成宮アイコさん 朗読&トークイベント」文字起こし(後半)
2025年12月5日(金)に創造表現学部創作表現専攻主催で、朗読詩人の成宮アイコさんをお招きして行った朗読&トークイベントの文字起こしの後半です。(前半はこちらから)前半では手段としての朗読や詩のあり方についてや、成宮さんの詩に散見される「わたしたち」という言葉についてなどのお話をおうかがいしましたが、後半では「なぜ詩や論文を書くのか?」という話や、成宮さんの朗読詩人としての矜持や作詞家としての成宮さんのあり方についてお話をうかがっております。

■なぜ(それでも)書くのか?
加島 「なぜ書くのか?」という話をしておきたいと思うんです。
成宮さんの最初の詩集『伝説にならないで―ハロー言葉、 あなたがひとりで打ち込んだ文字はわたしたちの目に見えている。ノー!モア!エモーショナル!』(皓星社、2019年8月)に、最初は怒りを原動力に書いていらしたということが書いてあるんですが、私も怒りを原動力に最初の本『終わっていない、逃れられない―〈当事者たち〉の震災俳句と短歌を読む』(文学通信、2024年10月)を書いたんです。
震災から14年くらい経って、日本社会がほとんど震災や原発事故を忘れてしまっていることに怒って書いたんです。もちろん本を書いて褒められるとは思っていないですし、感謝されるとも思ってないんですけれど、非常に気落ちしたのは、五十嵐進さんという方から―彼も原発事故の被災者で大変に苦労されてる方、本当にすごく放射線量が高いところでお住まいになってる方なんですが―きついことを書かれたんですね。
「〈当事者〉とは誰か。〈 〉を付したことによって限定したつもりかもしれないが、客観性を装った、安全地帯にいるものの物言いである」とか「限りなく人災に近い」などというのも私は広く理解した上で論じていますよ、という「研究者」の老獪さである」などと書かれて(五十嵐進「『終わっていない、逃れられない』加島正浩著(文学通信刊)を読んで思ったこと二つ、三つ」『駱駝の瘤 通信』2025年秋)。
そこまで言うか、と。でも研究者は広く見なきゃいけないんですよ。いまの福島には「汚染されたなんてもう言ってほしくない。我々の故郷なんだから」とか、「汚染されたなんてもう言ってほしくない。これ以上不安にさせて欲しくない」などと思ってる人たちもいる。一方で「原発事故があったことを忘れてくれるな」、「いまだに放射線量が高いんだ」、「原子力緊急事態宣言は未だ発令されつづけているんだ」と強く意識され、そのようにおっしゃる人もいらっしゃる。
研究者であり「被災地」の外側にいる私は、どちらをも見ざるを得ない。その姿勢に「腹が立つ」と言われてるんだと思うんですよね。「老獪だ」と。だとすれば研究者としては「老獪」に振る舞うしかない。それは研究者としての職分なんだと言わなければならないと思うんですが、ここまで言われてしまうと、やる気をなくしてしまうのも事実で。なので成宮さんはどういうモチベーションで書いていらっしゃるのかを今日どうしてもおうかがいしたかったんです。
成宮 すごくよくわかります、私が生きづらさについて話すときに、届く人もきっといる。でも自分が一番調子の悪い時にどう思うかなと考えると、「いや、お前は外に出られてんだからいいじゃん」、「そうやって生きづらさを喋られてるんだからいいじゃん」って思うはずなんですよ。なぜなら私がそう思っていたから。
だからそう思う人がいるうえで話すっていうのは絶対忘れないようにしようと。「伝説にならないで」とは言う、つまり「死なないで」とは言うけれど、それを言われることで、死にたいという気持ちが救いになっているのにという人のことを傷つける可能性があるかもしれない。でも時間が経ってちょっとそれが薄まった時に届くかもしれない。そのことは絶対に忘れないようにしようとは思っています。
あとは「繊細なだけだから悩んでも大丈夫だよ」って言われることが救いになる人も絶対にいるんですよ。たまたま私がそれに救われなかっただけ。だからこそ私は私のやり方をやっているだけなので。自分ができるやり方をやれる範囲でやるしかないじゃないですか。この場合はこっちの居場所とこっちの表現方法の人がいます、違っていたらああいうやり方もあるからそちらへも行ってみてくださいで。選択肢はたくさんあるほうがいいから、いっぱいあるお皿のうちの1個になれればいいんじゃないかなと思う。

加島 ありがとうございます。もう少し私の方でしゃべってもよいですか。もうかなりしゃべっていますけれど(笑)
小倉千加子先生という心理学者でフェミニストの方が、創造表現学部の前身の文化創造学部にかつてお勤めでいらしたんですけど、その期間―愛知淑徳にお勤めで名古屋にお住まいでいらした頃―を「社会的引きこもり」の期間とおっしゃっていたんです。色々なところで一生懸命しゃべっていても聴衆に全然響かなかったということが自分にとってはショックだった、それで社会的に活動するのを(一時的に)やめたというようなことをおっしゃっていて、不遜ながら「ああ、同じだ」と思ったんです。
そういうのは一部界隈で「インテリ病」って呼ばれているらしいんです。一橋とか東大の院生さんが博士後期課程に入って研究者になる課程で、論文を書いても社会は何も変わらないという事実に直面して鬱になっていく。院生だった頃の私は「変わらないに決まってんじゃん」と思っていたんです。でも自分が実際に本を出してみて、1ミリも世界はよくもなっていないし、悪くもなっていないことに直面すると「ああ、つらい」と思うようになって。やってみないとわからないんだなって。
成宮 そのお話もすごくわかります。さっき朗読をした4本のなかに「綺麗な言葉で鼻歌をしても世界は変わらない」(「戦わない日のうた」)ってわかるけれど、「綺麗な言葉で鼻歌をする」つまり、自分の醜い気持ちを書く。でも世界は変わらない。書かなかった自分の世界が変わらない。でも変わらないけど書いている自分だけは保つことができるから。世界は変わらない、でも書いている自分、そう願っている自分ではいられると思って、ちょっと諦めには近いですけど。
加島 すごく刺さるお話です。私も世界を動かせないことをなかば諦めながら、それでも書いているところがあるのですけれど、一方で私は自分の書いたものを読んでほしくないとも思うんです。
成宮 それは誰に向けて書くんですか。読んでほしくないけれど。
加島 ……誰に向けて書いているんだろう……(笑)わからなくなっちゃったんです。本当に怒ってたんです。本当に私は怒ってて、原発事故を忘れて、柏崎刈羽も含めて原発を再稼働しようという気運になっていて、でもそういう現状にただただ怒ってるだけだと、ああそうかやっぱり、(多くの)人には届かなかったかって。
成宮 いろんなものがあるなかで、なぜ書くことを選んだんですか?なんであきらめなくて「書くぞー」ってなったのでしょう。
加島 自分にできそうなことがこれぐらいしかなかったんです。演劇がずっと好きで最初は役者になりたかった……すいません、私の話になってますね(笑)。結局役者の才能はなかったんですけれど、どうやら私は社会に出て行くと生きていけそうにないぞというのがあって。そう思ったときに社会から距離が取れる仕事で自分がやれそうなのは書くことかな、と。
そして創作ではなくて研究の方だろうな、と。原点としては自分の生きづらさであったり「この俺が生きづらい社会とはいったい何なんだ」という思いが存在しつづけていて、「生きづらい」という事実に人間の側からも社会の側からもアプローチできるのが文学研究かなと思って、この道にいるということだと思うんです。
成宮 私の場合は家庭環境が悪くて、暴力があるとかそういうことがあって、かつ積み重なって、生きづらさが出現したんですけど、加島さんはなんで生きづらさに直面したんですか?

加島 私も家庭環境かなと思います。父親がなんというか……とにかくダメな父親だったんですよね。中上健次がご専門の松田樹先生が客席にいらっしゃるのに言うのもあれですけれど(笑)中上健次が強い父親である浜村龍造を造らなきゃいけない理由が実感としてすごくよく分かるぐらいダメな父親だった。
今もダメなんです。私が中学2年生のときに脳梗塞か脳卒中だったかになって、それが多分46か47歳のとき。そこから社会との接点を失って、ずっと家にいる生活になったんですけれど、60歳で胃ろうになってずっと病院で寝たきりで、今はもう首から上しか動かない。首から上しか動かないんですけれど、首を横に動かしてセンサーにあてると看護師さんが来てくださるんです。でも何が気に食わないのか1日中首を動かしてセンサーにあてて、びーびーびーびーやっているんです。「センサーを外してください!」と言ったら、「万が一何かあったときに困るので外せないんです」と言われたので、「いいです!死んでも!死んでもいいんで外してください!」とお願いして、やっと外してもらったりしたんですけれど。
それを見ていたときに、この幼稚さで育てられたがゆえに彼の機嫌の悪さが直接私にぶつけられたり、ときに怒鳴られたりしたんだなと思って、切なくなって。しかもダメな親父なので途中で仕事を辞めるんですよ。そうすると私が物心ついたときに一日中家にいることになってしまい。すると家にいる父が何かにつけ私を怒鳴るので、父の機嫌を取らなければいけない。それが人の顔色を気にするような私の性格を形作ってしまったところがあるんだと思います。だから、家庭環境が原点にはあるんだろうなと思います。これを今みたいに認識して、自由にしゃべり出せるようになるまでには時間がかかりました。
でもその反面書くことは鍛えられたと思うんです。自分の話を聞いてくれる人がいないからどうにかして自分の話を聞いてほしいと思うようになった。だから、どう話せばいいのか、どう書けばいいのかを考えるようになった。
私の本を文学研究者の人たちが読んでくれたというのは、文学研究の人に聞かせるためのレトリックや問いの立て方が身についていたからだと思うんです。こういう風に書いたら文学研究者の人は読んでくれるよねという方法は意識的に考えて身につけようとはしてきて、その方法で書いたので文学研究の人は読んでくれたのかなと思うんです。
成宮 書くことで救われますか?
加島 救われます?
成宮 救われるってあんまりなくないですか?毎日はつづくし、生活もつづくし、人生だってまだあるし。救われることってないから、自分の一番救われるに近いものってなんだろうと思ったら、たとえばこうやって話し合うとか、あなたがいま頷いてくれたっていうのは同じ気持ちみたいな、この瞬間だけだなと思うので、SNSでも自分と同じ5時55分を探すとか、そこが一番自分の到達点の気がする。「ああ、わかる」って思いあうため。
加島 わかる気がします。サンデクジュペリが『夜間飛行』のなかで結局人生において一番の幸福は人間と関係することなんだと。一番のご褒美は人間関係なんだと書いていたと思うんですけれど、そのとおりだなと思うんです。私は人間が嫌いなんですけど、でもそこにしか喜びはないなって。人と関わっていくことで今の自分の回路とは違うところに開かれていくことや、ああやっぱりわかってくれる人がいるということにしか喜びはないなあとは思います。
成宮 「やっぱ救われないよね」が最高の自分の到達地点。「5時55分つらいよね」にたどり着くための手段として書くことがある。

■即興を(あまり)信用しない
加島 「プラカード代わりの言葉を贈ろう」という言葉が「はじめまして、Nameless」という詩のなかで書かれていて、「プラカード代わりの言葉」というのがどういうものなのかをおうかがいしたいのですが。
成宮 私、デモに行く派なんですけど、こういうの(プラカード)もつじゃないですか。元気なときはそれができるけど、体調が悪いときって……選挙に行けと言うけれど、実際私は今外に出られるが、鬱の時どうだったかって聞かれたら選挙どころじゃないんですよ。起き上がれないし。生きるか死ぬか、今日か明日かみたいななかで「行け」とは言えない。「プラカードを持て」とも言えない。一番つらい時には、「お前は出られるからいいじゃないか」って思われるかもしれないけど、通り過ぎたときに思い出せるかもしれないもの、お布団のなかでも見られるものだったりならばまだできるかもしれないと思ったので、強く掲げるものじゃなくてもいいからあとで「あ、そういえば、伝説にならないで……かぁ」って思えるものならできるかもしれない。
加島 なるほど。ベタにデモのプラカードと読んでよかったんですね。
成宮 そうです。それはもうそのまま。強く引っ張るスローガンじゃなくても、「わかるわぁ……」と思える瞬間や、選択肢がいっぱいあったらいいなと思って。「死なないで」のためにはじゃあどうしたらいいかって、死ななくて済む手段が1個でも多くあったらいいじゃないですか。なので私のやり方が合わない人はきっと別の人がいっぱいやってる。そのなかで合わない人はこっちに来れる1個の選択肢なら増やせるので。
加島 今日朗読していただいた3曲目の「ノンフィクション」のなかに〈戦争〉という言葉が出てきますけれど、成宮さんのことばに〈プラカード〉とか〈戦争〉という言葉はない気がしていたんです。「ノンフィクション」を初めてCDで聞いたときに、〈戦争〉という言葉を、成宮さん、使われるんだと思って、驚いたんです。
成宮 たまたまなんですけど、「ノンフィクション」をレコーディングしたら本当にリアルタイムで戦争が始まってしまったので、すぐには出さなかったんです。ちょっと時間を置きましょうっていうことになって、時期をずらしてから配信しました。
加島 それはリアルタイムに反応した詩として読まれるのは、望ましくなかったということですか?
成宮 いまって何かニュース・トピックがあったときにすぐに反応しないと「何も考えてない」って言われがちじゃないですか。でも私は瞬発的なものをそんなに信じていなくて。フリースタイルができる人はすごくかっこいいと思うんですけど、私は絶対しないし、即興も詠まない。なぜなら私は調子がいい人間なので、言わなくていいことまでたぶん言ってしまうんですよ。思ってないことも場が喜びそうならきっと言ってしまう側の人間だと思っている。なので私は即興はしない。自分のなかで咀嚼してから書いて、「自分は書いたものを朗読しています」っていう形でしか出したくないんです。
加島 今日の朗読のなかで書かれてないこともおっしゃっていましたけど、それもしゃべることとしては頭のなかできっちり組み立てられていたんですか?
成宮 詩のつなぎの部分のMCは普段のしゃべりのイメージなので、そこは何も決めてないです。
加島 あ、そうなんですね。でも詩は書いたもの以外は詠まない。そこはこだわっていらっしゃる。
成宮 自分にとっては自分が本当に咀嚼したものじゃない気がします。瞬発的に出せる人もいるけれど、私はできないです。

■曲提供について
加島 作詞の提供をなさっているじゃないですか。『モノクロームコネクト』という成宮さんが詩を提供した曲があるんですが、聞いていただけるとわかるのですけれど、詩の朗読部分が成宮さんと全く同じ、あのままの読み方なんです。感情を言葉に絶えず乗せて読んでいくやり方って成宮さんの専売特許にしていいと私は思っているんですけど、それを譲り渡してしまえるこだわりのなさが成宮さんにはあるんだなあと思って。それはすごいことだと思うんですが。
成宮 わたしのデモのポエトリーよりもさらに力強く感情を込めてくれました。いろんなアイドルさんに曲を書いてるんですけど、「自分の書くポエトリーリーディングは邦楽として読むのは照れるし恥ずかしいと思われるのでは」って自分のなかで思ってしまっていて。けれど「ポエトリー入れたいです」って言ってくれる方が多くて、「みんな案外詩を読みたいと思っているんだ!」っていうことに最近驚いたんです。
何楽曲かポエトリーを書いたんですけど、淡々としてしまわないようにポエトリー部分のデモは自分で朗読をして送っています。「きっとあなたのなかにある感情」と思って、当て書きをしているので、デモを渡すときも「ここで息つぎをするといいかも」のメモとか、「ここで肩をぐっと入れると声がしまるかも」みたいなのとか、レコーディングも全部一緒にやっています。
加島 読む人の身体的特徴をつかまえられたうえで作詞されているんですか。
成宮 そうです。人に詩を提供するときは事前に2~3時間くらい個人で話をして、その人がなぜ私に書かせてくれるのか、なぜ自分の生きづらさを私なんかに話して書かせてくれるのか、っていうところを色々聞いて、その人が出てパフォーマンスしてくれるのでその人が喋って恥ずかしくないように、嘘がないようにしないといけないじゃないですか。なので私が書いてはいるけれど「自分(アーティスト本人)が作詞した」って言ってもらっても全然いいって思っています。
加島 当て書きされる内容もそこでの体験が元になってるんですか。
成宮 提供したのは、全部本人たちのエピソードだけです。
加島 聞いたエピソードをもとに成宮さんが当て書きされている。……そこまでなさるんですか……。
成宮 案外先に自分がしゃべると相手も自分の恥ずかしい生きづらいこととか人には言わなかったことを話してくれるので、できるだけ自分から先に言って相手が言いたくなるようにしてみています(笑)私は自分で書いたことにあまりこだわりがなくて、その先の共有した気持ちとかが欲しいだけなので、自分が読むとか自分が書いたからとかにそんなに執着はないです。
加島 ポエトリーリーディングの方法にも全然こだわりがない。
成宮 全然ないです。これが役に立つなら、こうしたらいいかもができるので。
加島 すごいですね…。私は自分の書いたものに自分の名前が入っていないのは耐えられないです。今活動の比重としても作詞の提供は結構なウェイトを占めてますよね。
成宮 いまも1個作っていて、それもポエトリーが入るので公開になったら見てもらえたら嬉しいです。
→桐原ユリ『消せないアティチュード』

